こんにちはドントストップ青木です。
今回は北京観光で外せない世界遺産・頤和園の美しい景色に隠されたドロドロの歴史と見どころを、ストーリー調で分かりやすく解説します。
北京を訪れる旅行者の多くが、「とりあえず有名だから」という理由で足を運ぶ世界遺産、頤和園。
ガイドブックには「広大な庭園」「美しい湖」と書かれていますが、正直なところ、ただ広いだけの公園だと思っていませんか?
もしそう思っているなら、あまりにももったいない!
ここは単なる「綺麗な庭」ではありません。 ここは、かつて中国を実質的に支配した女帝・西太后(せいたいこう)が、傾きかけた清王朝の国家予算(それも軍事費!)を注ぎ込んで作り上げた、執念とエゴの結晶なのです。
美しい回廊、穏やかな湖面、そして豪華絢爛な建物たち。 そのすべてに、滅びゆく帝国の「最後のあがき」と、一人の女性の「孤独」が隠されています。
この記事では、教科書的な年号の羅列は一切しません。 頤和園という巨大な舞台の裏側にある「人間ドラマ」を知り、あなたの北京旅行を、単なる観光から「歴史の証人」へと変えるストーリーをお届けします。
そもそも「頤和園」ってなに?


まずは、この場所の全体像をざっくりと掴んでおきましょう。 頤和園とは、中国・北京の北西に位置する中国最大級の皇室庭園です。
「庭園」と聞いて、日本の兼六園や後楽園のようなサイズ感を想像しましたか? いいえ、ここは中国。4000年の歴史。スケールが違います。
その総面積は、なんと約290万平方メートル。
ピンとこない方のために例えると、東京ドーム約62個分、あるいは東京ディズニーランドとディズニーシーを合わせた面積のさらに1.5倍以上という、もはや「庭」と呼ぶには常軌を逸した広さです。もうキャンパスです。
しかも、その敷地の4分の3は「水(湖)」で占められています。 残りの土地に、仏教寺院や宮殿、劇場、居住スペースが点在している……まさに、皇帝一家のためだけに作られた「超巨大テーマパーク」です。
1998年にはユネスコの世界遺産にも登録されており、万里の長城や故宮(紫禁城)と並ぶ、北京観光のシンボルです。 しかし、ただ広いだけではありません。ここには、ある一人の女性の「強烈すぎる想い」が刻み込まれています。
なぜ、ここに作られたのか?(誕生秘話と西太后の野望)
頤和園の歴史を語る上で、絶対に避けて通れない人物がいます。 それが、清朝末期の絶対権力者、西太后です。
映画やドラマでは「悪女」として描かれることが多い彼女ですが、頤和園の建設背景を知ると、彼女の「人間臭さ」や「恐怖」が見えてきます。
「還暦祝い」のために国を傾けた?
頤和園の前身となる庭園(清漪園)は、1860年のアロー戦争で英仏連合軍によって破壊されていました。 瓦礫の山と化していたこの場所を、1884年頃から巨額の費用を投じて再建させたのが西太后です。
なぜ、わざわざ再建したのか? 表向きの理由は「皇帝の生母として、穏やかな老後を過ごすため」。 しかし、本当の理由は「自身の還暦(60歳)祝い」でした。もう煩悩だらけです。
当時の清王朝は、アヘン戦争以降、欧米列強の圧力に晒され、国内もボロボロの状態でした。
普通なら「質素倹約」をして国力を蓄えるべきタイミングです。 しかし、彼女は逆を行きました。
「私が威厳を示さなければ、清という国が舐められる」
さすがプライド強烈メンツ大国中国。
そして、彼女は再建費用として、なんと海軍(北洋艦隊)の整備費を流用してしまったのです。 「国を守るための戦艦」を買うはずのお金が、「自分を喜ばせるための庭」に変わってしまった……。※自己中BBA
この数年後、日清戦争で中国海軍が日本に敗北する一因は、この時の予算流用にあったとも言われています。 つまり、頤和園の美しさは、清王朝の寿命を削って磨き上げられたものなのです。
この歴史を踏まえると、もうすでに日本人目線での頤和園観光が一段と面白く感じられているはずです。
政治の舞台裏としての顔
また、西太后にとって頤和園は、単なる別荘ではありませんでした。 彼女は一年の3分の2をここで過ごし、ここから政治を行いました。
故宮(紫禁城)は、しきたりに縛られた窮屈な場所です。 壁が高く、閉塞感のある紫禁城を嫌った彼女にとって、頤和園は「自分が主役になれる、自分だけの王国」でした。
頤和園の正門である「東宮門」を入ってすぐの場所には、皇帝が座る玉座がありますが、実は西太后は、皇帝の後ろに屏風を置き、そこから指示を出していた(垂簾聴政)と言われています。
風光明媚なリゾート地の顔をしながら、その実態は、ドロドロとした権力闘争の最前線だったのです。
そこに込められた「思想」と「価値観」
さて、ここからが本記事のクライマックスです。 頤和園を歩くとき、ただ「建物が綺麗だな」と写真を撮るだけではもったいない。 そこに込められた「当時の常識」や「狂気じみた美学」に思いを馳せてみてください。
「山」も「湖」も、すべて人工物という衝撃
頤和園の中心にある巨大な湖「昆明湖(こんめいこ)」と、その背後にそびえる「万寿山(ばんじゅさん)」。 一見すると、もともとあった自然の風景に見えます。
しかし、驚いてください。 これ、全部「人工」です。やっぱり中国です。
もちろん、当時はブルドーザーもショベルカーもありません。 これだけの広大な湖を、数万人の労働者が手作業で掘り広げたのです。 そして、掘り出した大量の土を積み上げて作ったのが、目の前の「万寿山」なのです。もうやばいです笑
「自然を見たい」という思いから、人工で自然をつくる——-この不自然は、権威だけが可能にさせるのです。
これこそが、当時の皇帝権力の凄まじさであり、中華思想における「天子(天の子である皇帝)」の万能感の現れでもあります。
広大な湖面を眺めるとき、「これを人の手で掘ったのか…」と想像してみてください。その景色が、急に重みを持って迫ってくるはずです。
世界一長い廊下「長廊」に込められたワガママ
湖の北岸には、「長廊」と呼ばれる屋根付きの廊下が続いています。 その長さ、なんと728メートル。ギネスブックにも登録されています。
柱と柱の間は273あり、梁には14,000枚もの絵画(三国志や西遊記の場面など)が描かれています。 なぜ、こんなに長い廊下を作ったのでしょうか?
答えはシンプルです。 「西太后が、雨に濡れず、日焼けもせずに散歩をしたかったから」。
もうここまできたら清々しいです。
彼女にとって、散歩は楽しみでしたが、厳しい北京の日差しや急な雨は敵でした。
「どんな天候でも、快適に湖を眺めたい」 その個人的な願望を叶えるためだけに、職人たちは気の遠くなるような長さの回廊を作り上げました。
現代の感覚で言えば、「自分専用の地下道やアーケードを街中に作らせた」ようなものです。
ここを歩くときは、ぜひ西太后になった気分で、「私が濡れないように屋根があるのね」と優越感に浸ってみてください笑。
沈まない船「石舫(せきほう)」の皮肉
湖のほとりに、大理石で作られた白い船が浮かんでいます。これが「石舫(清晏舫)」です。
当然、石でできているので動きません。ただの飾りです。
これには、「清王朝の統治は、石のように盤石で、決して転覆しない」という願い(あるいはプロパガンダ)が込められていました。 水は船を浮かべもするが、転覆させもする(民衆は王を支持もするが、革命も起こす)という中国の古い言葉に対する、強烈なアンチテーゼです。
しかし、歴史とは皮肉なものです。 この「沈まない船」を作るために海軍の予算(=本物の船の費用)を使い込んだ結果、清王朝は戦いに敗れ、皮肉にも国家そのものが沈んで(滅亡して)しまいました。
動かない豪華な石の船は、「変わりゆく時代に対応できず、伝統や体裁だけに固執して動けなくなった清王朝そのもの」を象徴しているようで、見る者に哀愁を感じさせます。
現代の私たちがここを訪れる意味
頤和園は、単なる美しい庭園ではありません。 そこは、「権力とは何か」「欲望とは何か」、圧倒的なスケールで私たちに問いかけてくる場所です。
西太后は、国が傾くほどの富を投じてこの楽園を作りました。 現代の視点で見れば、彼女は「悪女」であり「愚かな指導者」かもしれません。 しかし、彼女がこだわった美意識や、そこから生まれた芸術、そして圧倒的な空間構成が、100年以上の時を超えて今なお世界中の人々を魅了しているのも事実です。
「国の予算を食い潰した、とんでもない場所」
そう知った上で眺める昆明湖の夕日は、何も知らずに見る夕日よりも、ほんの少しだけ赤く、そして切なく見えるはずです。
北京旅行では、ぜひこの「美しくも恐ろしい歴史」を胸に、頤和園を歩いてみてください。
きっと、西太后の息遣いが、回廊の陰から聞こえてくるはずです。
- 西太后(せいたいこう): 清朝末期の権力者。咸豊帝の妃であり、同治帝、光緒帝の時代に実権を握った。「垂簾聴政」を行い、事実上の女帝として君臨した。
- 北洋艦隊(ほくようかんたい): 清朝が保有していた近代海軍の艦隊。当時はアジア最強と言われていたが、日清戦争で壊滅した。
- 紫禁城(しきんじょう): 現在の故宮博物院。明・清時代の皇帝の居城であり、政治の中枢。
- アロー戦争: 1856〜1860年。第二次アヘン戦争とも呼ばれる。この戦争で頤和園の前身(清漪園)が英仏軍に焼き払われた。
観光の際のアドバイス
◆ 朝早く行く
混雑前の午前中がいちばん快適。
◆ 東宮門 or 北宮門から入る
初めてでも迷いにくく効率的。
◆ 歩きやすい靴で
広くて階段も多いので必須。
◆ 船でショートカット
昆明湖の船は移動が楽で景色も良い。
◆ 背景を知ると面白い
人工の自然という矛盾が頤和園の魅力。
◆ トイレは入口で済ませる
園内の質に差があるため安心。
チケット購入方法
Trip.comでの事前購入がおすすめです。
こちらから簡単に予約できます。
そして少しでも経済的に余裕がある方はツアーやガイド付きの方が断然ラクなのでおすすめです。
※Trip.comは中国企業であり、日本でもサービスを展開しているため、訪中日本人と親和性が高いです。
周辺の観光スポット
頤和園は郊外にあるため、近隣スポットとまとめて回るのが効率的です。
特におすすめなのがこの2つ。
- 円明園(えんめいえん)|地下鉄4号線で隣駅
アロー戦争で破壊されたまま放置された「悲劇の遺跡」です。美しく再建された頤和園(光)と、瓦礫の山である円明園(影)。この2つを対比して見ることで、清朝の衰退がリアルに感じられます。 - 香山公園(こうざんこうえん)|バス・タクシーで約20分 歴代皇帝が愛した狩場であり、北京随一の紅葉の名所。人工的な美しさの頤和園とは対照的に、雄大な自然を楽しめます。
頤和園を楽しもう!
頤和園は、アクセス方法やチケットの予約ポイント、効率よく回れるおすすめルートを押さえておくことで、初めての方でもスムーズに観光できます。
また入口ごとの特徴や見どころが異なるため、どこから回るかによって旅の雰囲気も変わります。こちらの記事で頤和園観光の徹底ガイドを記載していますのでを参考にしてみてください。
頤和園は、一度訪れるだけでは語り尽くせない奥深さがあります。北京旅行の特別な一日として、ゆったりと歴史と自然の美しさを味わってください。




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